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チポの系譜
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C. walkeriana tipo'Feiticeira'

”The World of C.walkeriana & Hirookas Collection” 誌に
掲載した記事から(一部加筆)
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<チポの系譜>

チポの歴史は、ナトラルからシードリングへの転換期とも言えます。

ブラジルや南米ではその種の標準色のグループをチポ(tipo)と呼んでいます。
英語の「type」を意味し、var.やfma.は付けずに表記します。
ワルケリアナの花色ではアントシアニンの紫紅色がこれに当たります。
この標準型の花の遺伝子に紫外線が変異を起こすことで、
色変りの花や形が異なる花が生まれるのですが、
ワルケリアナは比較的変異が出易い種のようで、花の変化が
多く愛好家が生まれる大きな要素になっています。

ブラジルの蘭展では、ナトラルのチポのレベルが高いのですが、
その理由はチポの数が圧倒的に多い中で選抜されているからです。
交配は1960年代から一部の愛好家で行われていましたが、
近年広く行われるようになった結果、10年ほど前の2000年前後から
(現地でシードリングと呼ばれている人工交配株から)
チポの整形花が多く生まれるようになりました。

交配から大輪整形花が容易に作出される時代になりましたが、
今年の一番の花が、数年以内には一番で
居られなくなることは、容易に想像されます。

同じ兄弟の中から、または別の交配から更に大きく、
更に丸く、更に濃色の花が生まれます。
究極は大輪でペタルも花も丸く、リップも大きく、
色彩に優れた花を目指しているのですが、
セルレアでは既にその近くまで到達した感があります。

チポの場合は元々ナトラルの個体数が絶対的に多いので、
特殊なのかもしれません。
整形花も濃色花も大輪花もナトラルに存在しているのです。
それもそれぞれ個性的な個体です。ナトラルは
メリクロンを作らなければ、唯一の個体として評価されます。
そのためその花の価値が時間を超えて生き長らえるのです。
そこが交配から生まれ淘汰され続けるものとの違いなのです。
どちらが良いとかは愛好家の嗜好で判断されれば良いのですが、
ベテランになるに従い、ナトラルを評価する傾向が
大きくなるとは某ベテラン愛好家の話しでした。

数年前に現地でチポの最高の花を尋ねたら、Feiticeiraは別格として、
ナトラルの代表格の個体はLuiz CastroかMarcio Silveiraと口を揃えて答えます。
シードリングの代表格は、2001かDayane Wenzelの声を聞きましたが、
2001はtipo'Fett'×tipo'Faceira'、Dayane Wenzelは
coerulea'Edward'×alba'Orchidglade'なので、
種に拘るなら2001に軍配が上がります。

Feiticeiraは相変わらず根強い人気があり、蘭展ではいつも上位に入ります。
メリクロンされてもその個体の価値(商業的価値は別として)は変わりません。
日本に渡って来たメリクロンのひとつがAdonisと名前を変え、
更にメリクロンを重ねています。
そんな個体は多分Feiticeira(=Adonis)だけだと思います。
それだけ愛好家を魅了する特異な花なのです。
手に入れたい花があれば普通は一株入手しますが、
このFeiticeiraだけは2株、3株と入手する愛好家が多いのです。
花の名前の謂れのように、正に「魔女の魔法」に掛ってしまったのかも知れません。
オリジナル株はとても弱く栽培が難しいのです。

メリクロンで淘汰された株は、丈夫で育て易くなっていますが、
ある日突然魔法を解くかのように「機嫌が悪く」なることもあります。
「天使の雫」と呼ばれる左右のペタルがオーバーラップして出来る
シズク状の隙間が、フィッチセイラの最大の魅力と思われます。
ペタルの基部がスペードの形に変異することと、ペタルの充分な幅に
よってこれが形成されます。ナトラルでも似た個体が幾つかありますが、
オーバーラップすることはありません。
現地では「フィッチセイラ・タイプ」と呼んでいます。

Luiz Castroにも逸話があります。
2003年のSOBH蘭展でLuiz Castroが2株出品されていました。
ひとつが最終選考に残っていたのですが、一般展示の同名の
個体が似てはいたのですが、同じ個体とは思えない花でした。
取り扱いを審査員間で議論していると長老が現れ
「Luiz Castroはみんな兄弟だ。同じ木に付いていた4兄弟だ。」
この一言で一件落着したのですが、長老とは、
マリオ・アフーダ・メンデス氏でした。

(日本では、Luiz CastroとJoao Sujoの同一個体説があります。
これは花や株姿が似ていることから一部で言われている説です。
Luiz Castroの満作で無い花は確かに良く似ています。
また株姿も似ていますが明らかに違うのはバルブのサイズです。
Luiz Castroの方が二回り大きいのです。
発見された州も異なるので、別個体と考えて良いでしょう。

Joao Sujoの話題が出たのでJoao SujoとJoaoに付いて書き足します。
この2個体も同一個体説と兄弟説があります。
花の木姿も殆ど見分けが付きませんが、
別個体説を唱える愛好家も少なくありません。
2003年にサンパウロ郊外のコチア市の岩下邸を訪ねた際に、
翁に尋ねてみたところ「ジョアンはあの時2株持ってきた。
ジォアン・スージョなんて名前を付けて悪いことした。」 

スージョは汚れたという意味で「ジォアンの野郎」というニュアンスの言葉です。
岩下さんのところで咲いた花が良い花で無かったので付けられた名前でした。
この個体はいわゆる咲きムラが大きく、株が充分に
大きく元気でも良い花が咲かない事が良くあります。)

ナトラルには、伝説を持った個体が多くあります。
その伝説も何通りもある事が有ります。
物的証拠のない世界なので、聞いた話が中心になりその信憑性も色々です。
そんな世界を話題にして蘭談議をするのも愛好家の楽しみのひとつと言えます。

シブリングからの整形花は更に究極を目指して改良され、
その目的が達成された際には、当然の如く
ナトラルへ回帰されることは容易に予想されます。
ナトラルはいつの日も評価され続けると思われます。
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C. walkeriana tipo 'Luiz Castro' (natural)
(2018.2.1)